半熟ババァ-雲の彼方に?-庶民の日常記

双子育児中の邪悪なワーキングマザー。湘南茅ヶ崎在住(ただし北側)。節約しながら教育費をためたい。

障害児に対するオトナの態度

お題「冬の朝」

はじめて子どもたちがくら寿司に行った時の。
ガチャガチャ、きになるよね。
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障害児。 おもに「知的障害」の子に対して、真摯な態度を取るよそんちの親を見ることがあります。
(よそんちの親→その障害児の親ではない大人で、障害児の親の友達か近所の人かなんか)

私もそのような態度を取ることができたら、とてもいいと思います。
「情けは人の為ならず」というように、自分のそういう態度は、自分の子どもに何かあった時に周囲の人がとる態度と関係するであろうと考えております。

そういう考え方をしているのは私だけではなく、そういうことを言っている人をちょくちょく見かけます。
なので、これを社会の障害児に対する態度のなかでも「そこそこメジャーな考え方」と仮定します。


駄菓子菓子。

障害児がそのまま生きて歳を重ねることができたら、障害者のオッサン・オバサンになります。

そうするとですねー、「知的障害」の大人に対しては、一気に世間がトーンダウンしてくるんですよね。
誰だって、歳とりゃオッサン・オバサンになるんですが…。

そこに限らず、歳とったオッサン・オバサンに対しては、教育というものも大幅トーンダウン致します。
いやはや、「教育は、最終学歴時点まで」というような風潮が強いです。
そのあと、よっぽどちゃんとした組織にでも進まなければ、仕事上の教育もまあ、ありませんね。

「子どもについては社会で支える」という空気がありますけど、オッサン・オバサンってどうなのよ?
まー、テンプレートのように「自己責任」と言われがちですね。


今でこそのインターネット時代ですから、知的障害のある成人本人や周囲の人間が、SNS等で情報発信をすることができるようになりました。
それによって、少しずつ理解が広がるような兆しも見えますが、はたして情報源がそこからだけでいいのでしょうかね?

例えば、我々の目の前に「要注意人物??」という人が現れたとして、
「この人は障害者かも?」
「そうであれば、このような場合に推奨される対応は?」
という予備知識が、備わっているでしょうか?

ないでしょうね。

少なくとも私は、そういう教育を受けた記憶がないし、自主的に情報を集めなければその知識は得られないと思います。

一般人だけ集まってるところじゃ、そつない対応ができなかったらすぐに「あいつはKYだ」とかいう話になりますなー。
そのくせに我々は、知的障害のオッサン・オバサンに対して、非常にKYな態度である可能性が高いのです。

だって、もっともっと数の多い認知症老人に対してすら、我々は「このような場合に推奨される対応は?」という訓練を受けていないではないですか。
これも、自主的に情報を集めなければその知識は得られないのです。
もしくは、より強力に、強制的にメディアに刷り込まれるか。
今の小学校の教科書にそれが載っていたとしても、今すでに学校を卒業しちゃっている人には、その教育は行き届きませんからね。

↓認知症対策商品は、ネーミングがハイレベルな傾向。

 



なんていいながら、あんまり心配することはないのかも、と同時に思ったりもします。

冒頭の”「知的障害」に対して、真摯な態度を取るよそんちの親”なんかを見ていると、たぶん、10年たってもその人は真摯な態度で接していると予測できるからです。
ああいう人を見ながら我々も年月を経れば、自然と、知的障害のオッサン・オバサンにどう接するのがいいのかがわかってきそうな気がしませんかね。

認知症問題もまた、しかり。

ただ、自然に広まるスピードよりも、急いだほうがよりいいですね。

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